パワーヒッター

簑田浩二(阪急、巨人)三菱重工三原硬式野球部|選手紹介

簑田浩二と言うプロ野球選手をご存知でしょうか?最近簑田と言う字をどこかで見たことあるようなと思うプロ野球ファンは少なくないと思います。しかしどこで見たんだっけ?という人も多いでしょう。ここではそんな簑田浩二さんについて紹介したいと思います。

○どこで見たんだっけ?

簑田浩二は元阪急ブレーブス、読売ジャイアンツで活躍していた選手ですが、かなり面白い経歴の持ち主です。

最近この簑田浩二選手の名前をちらっと目にする事がありませんでしたか?

それはきっと2015年にヤクルトの山田選手とソフトバンクの柳田選手が達成したトリプルスリー(山田選手は2016年も間違いなく達成しますが)に簑田浩二も名を連ねているからではないかと思います。

簑田浩二は当時史上四人目のトリプルスリー達成者だったわけですが、彼は高校からいきなりプロに行ったというわけではありません。大学でもなく、社会人野球で実力を磨きました。

甲子園とは縁がなかった簑田浩二は高校卒業後三菱重工三原に入社し一度南海ホークスからドラフト指名を受けるものの、

「プロ野球に興味はない」

と断りました。

これかなりすごくないですか?

甲子園に出ずに三菱重工三原野球部に入ったという経緯も大きいのでしょうが、プロを目指している者達からしたら、

「え〜?」

というような感じでしょう(簑田は自信がなかったようですが)。

しかしその後も簑田浩二は三菱重工三原でプレーを続け、3年後の1976年に阪急ブレーブスからドラフトにかかり入団する事になります。

広島東洋カープのファンだった簑田浩二にとっては、

「複雑だった」

というあまりにも肝が座った回答を残しました。

その性格が生きているのでしょう。1977年の日本シリーズでは9回2死の状態で盗塁。そう、WBCで鳥谷がやった伝説のプレーと全く同じ事をしていたのです。

オールスターで初めてホームスチールをしたり、ホームランで1点取るより、クロスプレーで1点防ぐ方が楽しみを見出せるなど、簑田浩二独特の野球勘を持っているようです。

○走攻守そろったパワーヒッター

パワーヒッター

特に強肩ではないのに捕殺が多かった簑田浩二。これにも彼独自の見解があり、

「重要なのは守備位置を考えること」

と言っています。肩が強くないという弱みをポジショニングという強みでカバーし守備で大きく貢献していました。

そして1980年に簑田浩二は31本塁打、39盗塁、31犠打を達成しています。

当時の犠打の成功率が如何なものかはちょっと分かりませんが、成功率が100%だとしても39回も犠打をさせているというわけです。

三十本以上のホームランを打つ選手にですよ?

走攻守、に加えパワーも技術も兼ね揃えた簑田浩二。野球のゲームでいたら真っ先に取りたくなる選手ですよね。長打力もあるし足も速い、小技もある。相手としても絶対敵に回したくないタイプだと思います。

○簑田はプロゴルファーとしても活躍している

簑田浩二のプロでのキャリアは、その後読売ジャイアンツに入団するも2年で終了。引退後は読売ジャイアンツのコーチに就任しました。

95年にコーチを辞め解説者を務めたのですが、なんとプロゴルフの資格も持っているようです。レッスンプロという形ではありますがゴルフの方でも活躍されています。

とにかく普通じゃない簑田浩二選手。調べれば調べるほど面白いものが出てきますよ。プロ野球史に残る変わり者、簑田浩二。彼の生き様は最高です!